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アマデウスとは|戯曲/映画・楽曲「アマデウス」の歌詞の意味

初回公開日:2018年01月31日

更新日:2020年08月07日

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言葉の意味

「アマデウス」とは何を意味するのでしょうか?「アマデウス」という言葉の意味とは何なのか?また、「アマデウス」が表すものとは何なのか?戯曲・映画となった「アマデウス」の意味、そして楽曲の歌詞の意味について、お話しています。

アマデウスとは

「アマデウス」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。オーストリアの作曲家、モーツァルトのミドルネームを意味しています。「アマデウス」は「神に愛される」という意味を持っています。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが、本当のモーツァルトの名前です。モーツァルトは1756年生まれで1791年に亡くなりました。 では「アマデウス」という作品について、見ていきましょう。

イギリスの劇作家ピーター・シェーファーによって著された戯曲

モーツァルトの生涯が映画化された「アマデウス」が上映されたのは1984年です。この映画が、「アマデウスとはモーツァルトを意味する」ことを有名にしました。その「アマデウス」を生み出したのは、イギリスの劇作家ピーター・シェーファーです。 シェーファーは1926年生まれ、2016年に亡くなりました。シェーファーの戯曲は、映画化されたものも多くあります。 「アマデウス」は、宮廷音楽家だったサリエリがモーツァルトの才能に嫉妬したことから、モーツァルトを滅亡へと追い込む話です。ただしこれは史実とは違い、シェーファーによる脚色がされているお話です。嫉妬があったとしても、実際はサリエリとモーツァルトは尊敬しあっていました。 サリエリがモーツァルトを滅亡させたなら、モーツァルトの死後、モーツァルトの息子に音楽教育を施す事はなかったでしょう。しかし、誰かが悪者になる話は、多くの人の心を揺さぶります。

2幕 31場の意味とは?

戯曲「アマデウス」は、2幕31場で構成されています。「幕」や「場」とは、演劇・オペラ・バレエ・映画などの構造を意味しています。 「幕」は、大きなセクション分けを意味します。「場」とは、「幕」の中で、場面や登場人物が変わることを意味します。場面や登場人物が変わると「場」が変わるので、「場」の数が増えていきます。 「アマデウス」は「2幕と31場」で成っている戯曲です。これは「2つのセクション」と「31の場面」から成っていることを意味しています。

戯曲「アマデウス」は1979年初演

戯曲「アマデウス」は1979年、ロンドンのロイヤル・ナショナル・シアターで初演されました。この上演が成功し、ウエストエンドやブロードウェイでも上演され、映画化されました。モーツァルトやサリエリの作品もふんだんに使われています。 また、この「アマデウス」は、1981年に「トニー賞演劇作品賞」を受賞しました。戯曲「アマデウス」は英語ですが、日本語版も上演されました。1982年に初演された時は、サリエリを9代目松本幸四郎が、モーツァルトを江守徹が演じました。これが好評を博し、再演され続け、途中で役者は変わりましたが、2017年に公演450回を迎えました。 戯曲「アマデウス」の内容や舞台・演出が素晴らしいだけではなく、モーツァルトとサリエリに人々の興味があり、またいかに人々から愛されているかを意味しています。

1984年映画化

「アマデウス」は、1984年に映画化されました。主役はアントニオ・サリエリで、F・マーリー・エイブラハムが、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトをトム・ハルスが、モーツァルトの妻コンスタンツェをエリザベス・ベリッジが演じています。 映画の見所は、その話の流れもさることながら、舞台背景に音楽です。絢爛豪華なプラハの劇場や歴史的建造物で撮影されました。この点が、舞台で演じられる戯曲との大きな違いです。 劇中、演奏シーンがたくさんありますが、モーツァルト役のトム・ハルスは、ピアノも指揮も特訓を受け、吹き替えなしで演じているのは流石です。 映画「アマデウス」は、アカデミー賞の作品賞・監督賞・主演男優賞始め、8部門での受賞を果たしました。1985年に日本で公開された時は20分ほどカットされましたが、2002年にはカットされた場面も含めた「ディレクターズ・カット」が公開されました。

映画「アマデウス」のラストシーンの意味

映画「アマデウス」のラストシーンは、サリエリの告白です。映画の始まりは、サリエリが自殺を図りますが、その後、サリエリは精神病院に入れられます。映画の始まりのシーンが、ラストシーンに繋がっています。 史実とは違いますが、この「アマデウス」では、サリエリがモーツァルトを毒殺したという仮定で脚色されています。ラストシーンではサリエリが、モーツァルトにヒ素を飲ませて毒殺したことを告白しています。 しかし、精神病院に入れられた男性が、「自分をサリエリだと思い込んでいる」という見方もあり、また精神病院に入っていることから、サリエリの虚言・空想だという含みを持たせています。どう解釈するかは映画を観た人の捉え方によって変わります。これが映画「アマデウス」のラストシーンに込められた意味です。

映画「アマデウス」のパッケージの意味

映画「アマデウス」のパッケージは不気味です。仮面をかぶったようにも見える人が、鋭い目をして、まるで悪の世界へ呼び込むように、両手を差し出しています。まるで大魔王です。 映画を観ると気付くでしょう。この映画はタイトルが「アマデウス」とあるように、モーツァルトが主人公だと思うでしょう。しかし、主人公はサリエリです。 映画の中で、仮面を付けてモーツァルトの家を訪れるサリエリが登場します。この仮面を付けて現れたサリエリを、モーツァルトは「死神」だと思い込みます。死神に作曲を依頼されたモーツァルトは恐怖に包まれ、追い込まれていきます。 このパッケージには、モーツァルトが死神に扮するサリエリに追い込まれることを想起させる意味が込められています。

大魔王

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