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「畢竟」の意味と使い方の例文|読み方/書き順/語源/言い換え

更新日:2018年02月18日

言葉の読み方

畢竟という言葉の意味をご存知ですか?この記事では、畢竟の仏教用語としての意味や、実際の文章での使い方、例文などをわかりやすく説明しています。気になる書き順や、英語での言い換え、畢生など似た言葉との意味の違いも必見です。この記事を読んで是非教養を高めましょう。

萩原朔太郎の文章にみる畢竟

畢竟人が孤独で居るのは、周囲に自分の理解者が無いからである。

萩原朔太郎の『僕の孤独癖について』という随筆からの引用です。畢竟は「つまるところ」「要するに」という意味で使われています。「つまるところ、人が孤独で居るのは、周囲に自分の理解者が無いからである」と言い換えることができます。 このように副詞として畢竟を使った場合、畢竟には直後の文章を強調する効果があります。訴えたいことの直前に使われることが多いでしょう。

「畢竟するに」の例文

畢竟には「畢竟するに」または「畢竟ずるに」という言い方があります。「畢竟するに」は「結論づけるに、要するに」という意味です。どう使われているか実際の文章で確認してみましょう。

北原白秋の文章にみる畢竟するに

畢竟するに真の高い詩は愛あり慈悲ある心から生れてくるのだ。さうして静かなおとなしやかな真の感激の底からこそ真のよき詩は溢れて来るのだ。

北原白秋『「白秋詩集」序』からの引用です。「要するに」という意味で「畢竟するに」が使われています。「要するに、真の高い詩は愛あり慈悲ある心から生れてくるのだ」と言い換えができます。

坂口安吾の文章にみる畢竟するに

純粋な言葉とは言ふものの、勿論言葉そのものとしては同一で、言葉そのものに二種類あると言ふものではなく、代用に供せられる言葉のほかに純粋な語彙が有る筈のものではない。畢竟するに、言葉の純粋さといふものは、全く一に、言葉を使躯する精神の高低に由るものであらう。

坂口安吾『FARCEに就て』からの引用です。同じく「要するに」という意味で「畢竟するに」が使われています。「要するに、言葉の純粋さというものは」と言い換えることができます。

畢竟と似た用語の意味と使い方の違い

畢竟は例文でもわかるように、現代ではあまり使われない言葉です。音として聞く場合、似たような言葉と間違えてしまう恐れがあります。また、文章で読む場合も、「畢」という字を使った熟語があります。混同しないように気を付けましょう。

「卑怯」とは違うの?

同じような読み方の言葉に「卑怯」があります。卑怯には臆病という意味があります。いやしく、姑息で、勇気がない状態を表す言葉です。畢竟とは全く違う意味です。現代でも近現代の文学でも、よく使われます。聞き間違えに注意しましょう。

「畢生」との違いは?

「畢生」は「ひっせい」と読みます。一生を終えるまでの期間のことで、一生や生涯という意味です。畢竟がよく使われている近現代の文章にも出てくる言葉です。「畢生の大事業」「畢生の精神」という使われ方をします。例文を一つご紹介します。

「畢生」を使った例

初回公開日:2018年02月18日

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