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自我の意味|心理学/仏教/子供/社会学・意味の違いや使い分け

言葉の意味

「自我」の意味をご存知ですか。「自我」と「エゴ」は本当は同じ意味があったのですが、日常では「エゴ」が良くないイメージで使われています。「自我」と似た言葉に「自分」「自己」などもあります。違いを知って正しく使えるようにしましょう。

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自我の意味

「自我」の意味は「自分、自己、意識の主体、他者から区別するときの自分」です。自我の意味は奥深く捉え方も一つではありません。自我は目に見えるものではなく「これが自我です」と指せるものではないので、理解するのは難しいです。

心理学での意味

フロイトは「自我」「エス」「超自我」という構造論を展開しました。「エス」は無意識的な、体の内部から湧き出てくる本能的な欲動です。「エス」は快楽優先なのに対し「超自我」は道徳的な規律に従う無意識的な存在です。 「超自我」は親からの価値や規律を、まだ「自我」が確立する前に心の中に形作られます。「超自我」は「エス」との間にどちらが優先されるべきか葛藤が起こることがあります。この葛藤を調整しコントロールするのが「自我」です。 「自我」の一部は無意識に属していて、外の現実の世界を理解し調整することができます。つらい思いをした時に、無意識に防衛する機能が働き、心を守ってくれることがあります。 「自我」は内部の調整も行っています。私たちの心の中は、そのまま社会に見せるには問題のあることがあります。「自我」が「エス」と「超自我」の仲裁役のように働いてバランスを取り、心を健康に保ってくれています。

仏教での意味

仏教は釈迦による仏の教えの事です。仏教では「自我」の存在を否定しました。「諸行無常」という釈迦の言葉があります。この世のものは、生まれてもやがて死に物事は絶えず変化し流れていくものだという思想です。 流れていくこの世に、自分自身である自我があるのは無意味だということです。お金や地位や人の思い、自分自身の体がいつまでも変わらない、変わってほしくないという思いは自我であり、執着することで自分自身が苦しむことになります。 世の中は無常だということ、変化していくの当たり前だということを理解するのが大事です。「諸法無我」という思想は、この世のあらゆる物事には我がないという内容です。 世の中はすべて関係性の中で影響し合い、変化しすべてが生かされ影響し合って成り立っているという考えです。「無我」は私欲がなく無心であることであり、「自我」は対極にある言葉で仏教の根本的な思想です。

子ども

子どもは何歳から自我が芽生えるのかは諸説あります。1歳半から自我が形成され始め、思春期くらいに確立するのが一般的でしょう。1歳過ぎから歩行やおしゃべりもできるようになり、世界広がっていきます。 周りのものに興味を持ち、あれこれ試してみます。自分で思うようにいかないと怒りだし、大人がやってあげようとすると「イヤイヤ」を言うことが多くなります。3~4歳の頃には幼稚園や遊ぶ仲間の間でのルールを学び、次第に友達とかかわって遊べるようになります。 小学校ではルールや人との関係をさらに学び、中学では反抗期がやってくる子が多いでしょう。その後も自我が順調に育っていけば、自分や人を大切にする気持ちが確立されていきます。 成長過程で「自我」が思うように出せなかったり、否定されたりして自分自身を大切にできなかった場合は「自我」の確立に失敗している可能性があります。注意が必要でしょう。

社会学

自我は自分一人で作られません。人との関わりの中で成長し作られていきます。人と関係性の中で自分というものを理解し成長します。さらに人を理解していくことも自我の成長に繋がります。 社会学者のクーリーは「鏡に映った自我」で自我の説明をわかりやすく表現しています。人は自分自身を直接見ることはできないが、鏡に映してなら見ることができるという例えを挙げています。 「私たちの自我は、他者を鏡として映して見ることができる」という意味です。親や兄弟、友達などが自分自身をどう見るかによって自分自身を知ることができるという意味です。 心理学者のエリクソンは、自我を心理社会的発達理論、ライフサイクル理論として生涯を8つの段階をに分類しました。それぞれの段階で達成しなければならない課題を挙げ、未達成の時の危機をそれぞれの段階で提示しました。

自我を使った例文

自我を使った例文です。 「2歳のイヤイヤ期は、自我が芽生え始めている証拠です」 「自我の目覚めで反抗期が訪れる」 「自我が強いとわがままに思われる」 「自我の弱さは態度にも出ている」 「自我を鍛えると精神的に安定してくる」

自我との意味の違いや使い分け

「自我」に似た言葉はいくつかあります。意味の違いを捉え、使い分けできるようにしましょう。

自己

「自己」の意味は「自分自身、自分を客体として捉えたもの」です。自己の定義は哲学や心理学によって違ってきます。一般的には自分自身を主観的に見たのが「自我」であり、客観的に見たのが「自己」という違いがあります。 例文: 「自己紹介をする」 「自己PRをする」 「貴重品は自己管理してください」 「自己完結の人は周囲との壁がある」 「自己分析して反省する」

自分

「自分」の意味は「自分自身、一人称、わたくし」の意味です。関西では二人称で使われることもあります。「自分」の意味は、シンプルに他人と区別して「私」と言いたいときに使います。「自我」は意識の主体のように、自分自身を主観的に捉えた意味になります。 例文: 「自分どこから来たん」(関西弁で「あなたはどこから来ましたか」になります。) 「自分のことは自分でしてください」 「失敗したからって自分を責めるのはやめましょう」 「自分ばっかり損している」 「良いできに自分で驚く」

人格

「人格」の意味は「個人の人間性、人柄、知性を含む性格、その人となり、パーソナリティ」を意味します。「自我」は人格を構成する要素の1つです。人格は性格と同義に使われることがありますが、人格は性格だけだはなく、知能や意志なども含められています。 例文: 「あの人は人格者だ」 「冷酷すぎる行動は人格的に問題があるに違いない」 「表と裏の顔が違いすぎるので、二重人格を疑う」 「人格形成には育った環境が大きい」 「素晴らしい人格を身に着けたい」

意識

「意識」の意味は「心が物事に気付くこと、覚醒、はっきりと知っていること、社会的な関心」です。心の知覚があるものは「意識」ないものは「無意識」の意味で使われています。 「自我」は自己の意識に限定していますが、「意識」は自己だけではなく社会的な関心事や物事などの外の世界も対象にしています。 例文: 「社員を意識改革させる」 「意識を回復する」 「おしゃれで美意識が高い」 「意識高い系の○○さんはちょっと痛い」 「好きな子を意識する」

エゴ

「エゴ」の意味は「自我、エゴイズムの略」です。本来は「自我」=「エゴ」という意味ですが、日常では少し捉え方の違いがみられます。「自我」はどちらかというと肯定的で自分自身、自分らしさという意味合いで用いられます。 「エゴ」はどちらかというと否定的で、あまり良い意味では使われません。「エゴイズム」は利己主義という意味で、自分の利益中心の考えをいいます。「エゴイスト」は利己主義の人、自分の利益を中心に考える人の意味です。 このことからも「エゴ」が付く「エゴイズム」も「エゴイスト」も利己的で良くない意味の言葉であるため、「エゴ」は本来の意味とは違って悪い印象を持たれることが多くなっています。 例文: 「わがままでエゴが強い人は嫌われやすい」 「自己主張とエゴの区別がつかない」 「あの人はエゴの塊のような人だ」 「エゴを抑えて協調性をアピールする」 「エゴを認めるところから始める」

自我の解釈

「自我」は意味合いが哲学・心理学、仏教、日常といくつもあります。どれが正解かは、解釈する人によって違ってきます。また「自我」は奥の深い世界であり、探求するとさらに細かな違いがわかり、新たな発見もあるでしょう。

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