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「感無量」の読み方/意味/用例/対義語・「感慨無量」との違い

更新日:2020年08月07日

言葉の読み方

「感無量」の意味は「心に深く感じること」=「しみじみと心に感じる」ことですが、この言葉は略語であり、略さない場合は「感慨無量」と言います。ビジネスシーンでも使用できる言葉なので、意味や使い方について知っておくと「嬉しい」などを表す時に役立ちます。

心にしみ入る(しみる)

「心にしみ入る」は、全て漢字にすると「心に染み入る」になります。「染み入る」の意味は「奥深くに滲み込む」であり、また「心に深く感じる」の意味でも使用することが可能です。「心に」+「染み入る」とすると、意味は「心に深く滲み込むように感じる」になります。「心に染みる」とも言いますが、「染み入る」の方が「染みる」意味が強調されています。

嬉しい

「嬉しい」という感情は、「晴れ晴れとした感じ」または「はずむような気持ち」のことです。感嘆に言えば「良い気持ち」ということで、心が明るくなるような(晴れるような)感情のことを「嬉しい」と言います。「感無量」を「嬉しい」の意味で使う時は、その「嬉しい」気持ちを「心に深く感じた」時に使用します。 日常会話や気の知れた人と話す時には「嬉しい」で気持ちを伝えることが基本ですが、ビジネスシーンにおける目上の人や畏まる相手に「嬉しい」を伝える時は「感無量」を用いると良いでしょう。社内の同僚や部下など、ビジネス上で同じ立場・目下の人に対しては、「です」を付けた「嬉しいです」が無難です。

喜び

「喜び」も感情の1つで、「喜怒哀楽」の中にも含まれる基本的な感情です。「喜び」は「嬉しく思うこと」あるいは「満足な思い」を意味し、感覚としては「嬉しい」気持ちと同じと考えられています。感じた気持ちとして単刀直入に示す場合は「嬉しい」を使用しますが、「喜び」は「家族の喜び」や「つかの間の喜び」といったような使い方をされることが多いです。

「感無量」と「感慨無量」の違いは?

「感無量」は「感慨無量」の略語だとお伝えしましたが、「この2つの言葉に違いはあるのか」という疑問が持たれることもあります。結論から申しますと、違いはありません。なぜなら、「感慨無量」を略して「感無量」だからです。すなわち、同じ言葉ということです。同じ言葉ということは、意味も同じということですので、「感無量」と「感慨無量」に違いはないと言えます。

「感無量」の対義語は何だろう?

「感無量(感慨無量)」の対義語は、定まっていません。そのため推測的なことになりますが、「感無量」=「心に深くしみじみと感じること」だとすれば、対義語として挙げられる言葉は「冷淡(熱心でないこと)」や「淡泊(物事にこだわらないこと)」などが考えられます。 文で言えば「心に深く感じない」や「しみじみしない」であり、対人における返答としては「ありがとうございます」や「そうですか(そうですね)」など当たり障りない言葉を使うことになります。

「感無量」の用例をご紹介!

「感無量」を実際に使用する時の用例をご紹介します。「感無量になる」や「感無量でした」といった使い方があるので、状況に応じて使い分けてみましょう。

感無量になる

「感無量になる」は「感無量の状態が引き起こされた」ということです。「感慨にひたる」では「その領域に入り込む」という意味がありましたが、そういった感覚を「感無量になる」と言います。

感無量でした

「感無量でした」は過去形になるため、「感無量」になることが過ぎた時に使用します。もしくは、「感無量になった状態」を自分が通り越した時に使用されることもあります。

感無量です

「感無量です」は最もよく仕様される使い方で、「感無量だ」=「嬉しいです」「喜びです」「心に深く感じます」「しみじみします」ということを表しています。多くは「嬉しいです」の意味で使用されています。

初回公開日:2017年12月13日

記載されている内容は2017年12月13日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。
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