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瓢箪から駒の意味/語源/例文・類義語と対義語・英語での表現

更新日:2020年08月07日

言葉の意味

私たちが日常的に良く使う瓢箪から駒は、想定外のことが現実になるという意味があり、中国が発祥のことわざです。仙人の逸話をルーツとするその言葉の由来や、例文と使い方、類義語、対義語、同じ意味に相当する英語など、瓢箪から駒にまつわる耳寄りな情報をご紹介します。

瓢箪から駒という言葉の意味は

「瓢箪から駒」「瓢箪から駒が出る」とはよく耳にする言葉ですが、これがどういう意味を持つ言葉なのか、意外に知らない人が多いです。 瓢箪とは植物の一種で、真ん中が強くくびれた実をつけることで有名です。通常は中身をくりぬいた実を乾燥させて容器にします。瓢箪は口の部分が小さく中は広いので、酒や七味唐辛子を入れるのに便利です。また、末広がりなその形から開運の縁起物としても重宝されています。 その瓢箪から駒が出るとは、何とも不思議な言葉です。瓢箪から駒は、一体どこから来た言葉で誰が伝えたのか。どんな意味を持つのか、どんな場合に使用する言葉なのか、とても興味が湧きます。そんな瓢箪から駒の秘密について見ていきましょう。

中国から伝わったことわざのひとつです

「瓢箪から駒」はことわざの一種で、遠い昔に中国から日本に伝わったとされています。瓢箪から駒の「駒」とは、回して遊ぶ玩具の駒や将棋の駒のことではありません。瓢箪から駒の「駒」は、大昔から人を乗せて運ぶ交通手段として広く利用されてきた「馬」の事です。 瓢箪から駒とは、直訳すれば「瓢箪みたいに口の小さなものから馬が飛び出してきた」という意味になります。 瓢箪から駒とは「あり得ないことが現実に起こってしまう」「冗談だと考えて口にした事が実際に起きてしまった」「上手くいくなどとても期待できなかった事が予想外に大成功をおさめた」などの場合に使われる言葉です。 瓢箪から駒は中国の代表的な仙人である「八仙人」の一人「張果(ちょうか)」が伝えたとされ、千年以上が経過した現在にも通用する名言です。

瓢箪から駒の語源は

瓢箪から駒は「考えもしなかった事が実際に起きてしまう」という意味のことわざで、遠い昔に中国で語られた言葉だと伝えられています。確かに世の中には、まさかと考えられていた事が想定外に現実となってしまう事態が頻繁に起きています。 例えば、就任当時は散々批判を浴びていた組織のリーダーが、予想外の活躍を見せ、現在は確固たる支持を得て、堂々とそのポストに君臨しているなど良くあることです。 わたしたちの生活において度々遭遇するできごとを表す「瓢箪から駒が出た」ですが、この言葉はどのような由来で語られることとなったのでしょう。そんな瓢箪から駒ということわざの歴史と発祥の秘密を見てみましょう。

瓢箪から駒という言葉の由来は

瓢箪から駒ということわざの由来は、中国の八仙人のひとりである張果にまつわる逸話から来ています。 張果はその昔、中国の各地を白い驢馬に乗って廻り歩いていたといいます。張果は中国で最も有名な仙人の一人として知られ、色々と不思議な能力を持っていた人物だったと言われます。 張果が旅の途中で疲れて休みを取るときに、大きくて邪魔な驢馬を、何と瓢箪の中に収めていたという伝説があります。そして、出掛ける際には小さな瓢箪の穴から驢馬を外に出し、張果はその驢馬に颯爽とまたがり駆けていったことから、予想外のとんでもない事が起きたのを「瓢箪から駒」と言うようになったと伝えられています。 やがて、その噂は日本にも広まり「張果という仙人は瓢箪から駒を出すすごい人」と話題騒然になったといいます。

張果老は中国八仙人の一人

張果は生年不詳、没年不詳という謎の人物で、中国では敬愛を込めて「張果老(ちょうかろう)」と呼ばれる伝説の人物です 。張果老は唐の時代の皇帝玄宗(げんそう)によって宮廷に招かれ、さまざまな方術を見せたという人物で、中国の正史(王朝の歴史書)にも名を連ね、多くの伝承を残しています。方術とは仙人のみが使うことができる、超現実的な術のことです。 張果老は山に籠って生活をしながら付近の村などを歩き回り、年齢は数百歳だと自称していました。張果老は則天武后(そくてんぶこう)に招かれ、山を下りた時に死亡しますが、その時、死体は既に腐敗していたというのに、後日その姿は多くの人により発見されたという信じられない話が伝えられています。

超現実的な逸話を多く残す伝説の仙人

また張果老は愛用の白い驢馬で、一日に数千里を移動したとされ、休憩する際には驢馬を瓢箪の中に収めたり、または紙のように小さく折りたたんで箱にしまい、再び乗るときには水を吹きかけて元の驢馬の姿に戻して悠々と駆けていったという、驚きの逸話があります。 開元22年(734年)皇帝玄宗は張果老を迎えようと宮廷の役人裴晤を使いに出したが、張果老はまた死んでしまいます。しかし、裴晤が死体に向かって玄宗の意を伝えた後、何と張果老は息を吹き返します。 宮廷で玄宗と会った張果老は、玄宗に老いていることを問われ、その際自らの髪を抜いて歯をたたき割ります。すると驚いたことに、すぐに若々しい黒い髪と白い歯が生えてきたといいます。 張果老は、このように摩訶不思議な逸話を多く残しながら現在まで伝えられている、正に瓢箪から駒の由来に似つかわしい人物です。

実はもう一つあった「瓢箪から駒」の由来

「瓢箪から駒」ということわざには、中国の張果老仙人の逸話以外にももう一つ由来があります。 それは、十三世紀前半頃に書かれた「宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)」という、「今昔物語集」と並ぶ中世日本の説話文学の傑作に書かれています。説話(せつわ)とは古くからの言い伝えによって伝承された物語の総称で、いわゆる昔話なども説話になります。 瓢箪から駒の由来とされているのは「宇治拾遺物語」の中に収録されている「腰折れ雀(こしおれすずめ)」というお話です。

「腰折れ雀」について

初回公開日:2017年11月09日

記載されている内容は2017年11月09日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。
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