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「知は力なり」の意味や使い方・具体例・類語|イギリス哲学者

初回公開日:2018年02月23日

更新日:2018年03月27日

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言葉・雑学・歴史

フランシス・ベーコンの言葉「知は力なり」や、その「知は力なり」という言葉の影響を大きく受けた4人のイギリス経験論者について論じました。言葉の細部に至るまで、詳しく論述してあり、倫理を学ぶ人には、必見の内容となっています。

「知は力なり」は誰の言葉

皆さんは「知は力なり」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。この言葉は、16世紀から17世紀にかけて活躍したイングランドの哲学者であるフランシス・ベーコンの言葉です。 彼は、イギリス経験論の祖であり、「ノヴム=オルガヌム」という本を書いた人でもあります。その著書「ノヴム=オルガヌム」でも「知は力なり」と同様の意味のフレーズが出てきます。 その他、イギリス経験論を唱えた哲学者として、ホッブズ・ロック・バークリー・ヒュームなどが挙げられます。彼らは、「知は力なり」という言葉に大きく影響を受けた人々の一人です。

フランシス・ベーコンの功績

さて、「知は力なり」という言葉を残したベーコンのその他の功績について見てみましょう。まず、彼は、帰納法という考え方を示しています。これは、デカルトの唱えた演繹法の対になる考え方で、実験観察を繰り返して、一つの真理にたどり着くという考え方です。 また、ベーコンはイドラ論という考え方も提唱しています。人間には、種族のイドラ・劇場のイドラ・市場のイドラ・洞窟のイドラの4つのイドラ(偏見のようなもの)があるという考え方です。

「知は力なり」の意味

「知は力なり」という言葉は、英語で「Knowledge is power」と表されます。「知は力なり」という言葉の意味は、先ほど説明した帰納法と通じる部分があり、「実験を通して知識を蓄えることで、いつか自然そのものを支配できる」という意味です。 それまでの自然科学は、神学の一部であり、真理とは「理性によって得るものではなく、神の啓示によって得られるものである」という考え方が主流だった時代ですから、ベーコンの「知は力なり」という考え方はとても現代の考え方に近いものであったと言えます。 また、当時の自然科学が神をいかに重要視していたかについては、ローマ教会が20世紀に入るまで、公式に地動説を認めなかったところからも読み取ることができますから、「知は力なり」がどれだけ先進的だったかも伺えます。

「知は力なり」の具体例

「知は力なり」の具体例に関してですが、ほとんどの現代自然科学は、「知は力なり」に当てはまると言えます。なぜなら、今、あるほとんどの技術が、大量の基礎研究を元にした知を土台に成り立っているからです。 また、「知は力なり」に関しては、滝本哲史さんの著書「ミライの授業」にも記述がありますので、興味がある方は手に取ってみてはいかがでしょうか。この本には、ベーコンにかかわらず、いろいろな「知は力なり」の例が記述されています。 中学生向けの本ですが、大人が読んでもハッとさせられるような話ばかりです。

「知は力なり」の解説・説明

先ほども述べたように、フランシス・ベーコンは、イギリス経験論の祖であり、後世の哲学者に大きな影響を与えた哲学者です。 そのため、「知は力なり」という言葉にも、経験論が重視する「実験、観察を大事にする」という考え方が色濃く反映されています。

「知は力なり」に込められた真意

「知は力なり」という言葉は、単に、「知識には力がある」という意味を表すだけではありません。この言葉には、「蓄えた知識を力に変えなくてはならない」という意味でもあります。 どんなに知識を蓄えたとしても、アウトプットをしなければ、何もなしうることはできません。これは、ただ百科事典を持っていても何もできないのと同じです。 ベーコンは、知識を蓄え、その知識を利用して、新たなことを生み出していかなくてはならないということを「知は力なり」という一言に込めたのです。 この「知は力なり」という言葉は、近現代科学の基礎となり、その精神は今の時代にもしっかりと受け継がれています。

「知は力なり」の類語とは

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