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「まにまに」の意味と使い方|古語/百人一首/夢のまにまに

更新日:2024年03月02日

言葉の意味・例文

古文をたしなんでいると「神のまにまに」「波のまにまに」などの助詞をよく耳にすると思います。最近では、ボーカロイド初音ミクさんの「夢のまにまに」という歌もあるようです。現代人にも「~まにまに」の表現で、雅で情緒を楽しむ風潮が広がるといいですね。

「まにまに」の使い方と例文とは?

夢のまにまに

「夢のまにまに」は、「ゆめのままに」という意味があります。また歌や映画の題名で起用されていることが多いです。椎名もたさんが作成されたボーカロイド曲「夢のまにまに」をコラボしたデジタルミュージック曲がたくさん検索できます。 映画「夢のまにまに」は、長門裕之さん・宮沢りえさん・永瀬正敏さんという豪華キャストでおくる映画です。長門さん演じる映画学校の校長と心に傷を負った青年(井上芳雄)が戦争の理不尽さをぶつけあいながら交流を重ね、愛、過去と未来、生と死、老いと若さなどのさまざまな思いを問いかけながら、魂の叫びを意味するヒューマン映画です。

波のまにまに

・手漕ぎボートを波のまにまに漂わせている。 ・船は高波のまにまに大きく揺さぶられ、次第に転覆の恐れを思わせた。

風のまにまに

・風のまにまに拭き流され、あのハンカチはどこへいったのだろう。 ・風のまにまに、旅は道ずれ世は情け。

雲のまにまに

・雲のまにまに、今日も一日思いを巡らせた。 ・明るい陽射しを浴びながら、雲のまにまに、空の景色を眺めていた。

百人一首の「まにまに」の使用例と解釈とは?

神のまにまに

「このたびは 幣も取り合あへず(ぬさもとりあえず)手向け山(たむけやま) 紅葉の錦 神のまにまに」 →この度の急な旅は、お供えするものやお賽銭も用意できませんでした。せめて手向け山(たむけやま)の神様、この手向け山の紅葉をあなた様のお心の儘にお納めくださいという意味です。 手向け山とは、所在がわかりません。山城(京都)と大和(奈良)の途中にあった山ではないかと推測されます。紅葉の錦とは、紅葉の美しい紅葉と美しい錦織の布を類(たぐ)えた表現といえます。

此の度は 幣も取り敢へず 手向山 紅葉の錦 神の随に(古今和歌集 羇旅歌。この歌は小倉百人一首にも含まれている)

作者「菅家」

「手向け山 紅葉の錦 神のまにまに」の作者は菅原道真です。菅原家は代々学者の家系であり、道真も幼少のころから文才に優れていました。百人一首には、作者が「菅家」となっていますが、文章博士となるほど学才の持ち主だったので、「菅家」と尊称されています。 昌泰3年(898年)道真が宇多上皇の外出のお共をした際に、詠んだ歌とされています。旅は、吉野の宮滝から竜田川を超えて、住吉神社に参拝して京へ戻るという順路でした。吉野郡吉野町にある「宮滝」は紅葉見物には大人気の観光名所で、遺跡などもあり楽しめます。

藤原道真

菅原道真は、学者・漢詩人・政治家として才識あり、忠臣としても名高かく、宇多天皇に重用されました。寛平の治を支えた一人であり、右大臣にまで出世しました。ところが、藤原家にそ能力を疎まれてしまい、貶められ、大宰府に左遷された話は有名です。 京の都を去る時に詠んだ歌は有名です。 「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」→春風が吹いたら、香りをその風に託して 私の行く先(大宰府)へ送り届けておくれよ、梅の花。私がいなくても、春をわすれてはいけないよという意味です。 左遷先「大宰府」では、衣食もままならないような厳しい生活を余儀なくされました。家族と別れ、無念でいっぱいのはずの道真でしたが、皇室と国の安泰とひたすらお祈り、最期まで誠をつくされました。そして享年59歳で生涯を閉じました。

天満神社

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初回公開日:2018年02月11日

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