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ヘミングウェイの名言集・代表作品・ヘミングウェイとは?

更新日:2020年11月13日

自己啓発

20世紀のアメリカを代表する作家の一人であるヘミングウェイは、自分の体験を作品に反映させ、独自の文体によって各方面に多大なる影響を及ぼしました。戦場に身を置き、世界のあちこちで真実を追い求め縦横無尽に駆け続けた彼の生涯や作品、名言に迫ります。

ヘミングウェイとは?

20世紀のアメリカを代表する作家の一人であるアーネスト・ミラー・ヘミングウェイ(1899年7月21日生~1961年7月2日没)は、今もなおその人柄と作品、名言が世界中で愛され続けています。彼の単刀直入で研ぎ澄まされた文章表現は、ハードボイルド文学にも多大な影響を与えたと言われており、ワイルドな生き方や緻密な作品世界、含蓄溢れる名言に惹かれるファンは後を絶ちません。 戦争と恋に彩られた劇的な人生は、数々の小説や詩、名言に色濃く刻まれ、人間の普遍性がまざまざと写し出されています。ヘミングウェイの実像や作品、名言に触れ、その奥深さを体感してみましょう。

アーネスト・ミラー・ヘミングウェイの生涯とは?

イリノイ州オークパーク(現在のシカゴ)に六人兄弟の長男として生を受けたヘミングウェイは、「カンザスシティ・スター」紙の見習い記者や赤十字の一員、「トロント・スター」紙の特派員、従軍記者として活動し、パリにいた特派員時代から小説を書き始めます。 彼の主要作品は1920年代中期~1950年代中期にかけて書かれており、不朽の名作「老人と海」で1954年にノーベル文学賞を獲得しました。しかし、彼は同じ年に何と二度も飛行機事故に遭遇してしまいます。以来、心身に苦しみを背負う事になったヘミングウェイは壮絶な戦いの末、1961年7月2日の早朝、自らの頭をショットガンで撃ち抜いて命を絶ちました。享年61歳、数々の名作と名言を残し、波乱の20世紀を鮮やかに駆け抜けた人生でした。

小説家としてのヘミングウェイ

ヘミングウェイは1923年、「三つの短編と十の詩」で作家としてデビューしました。短編集「われらの時代」と長編「日はまた昇る」が評価され、彼は一躍時代の寵児となります。ロスト・ジェネレーション(失われた世代)の代表的作家としてその名を世界に轟かせたヘミングウェイは、以降次々と話題作を発表し、多くの名言を生み出しました。 彼の文章や名言は、極めてシンプルである事で有名です。極限まで装飾を削ぎ落とした文章や名言は、簡潔でありながら深い味わいを内包しており、読み手の想像力をかきたてます。作品には、常に戦争と隣り合わせだったヘミングウェイの人生そのものが落とし込まれているといっても過言ではありません。細やかな描写に着目する事で、読者は20世紀という嵐の時代と対峙する事になります。

詩人としてのヘミングウェイ

今でこそ小説家として広く知られているヘミングウェイですが、1920年代には詩人としても国際的に知られていました。ヘミングウェイはその生涯において、20数本のウィットに富んだ作品を世に送り出しており、日本でも早い段階で、ヘミングウェイの名は詩人として紹介されています。 詩人・ヘミングウェイに関する研究はあまり進んでおらず、小説と比べると評価もさほどされていないのが実情ですが、真実を克明に書き留める事を理想に掲げていた彼にとって、表現の手法が詩から小説へと切り替わったのはむしろ自然な成り行きだったといえるでしょう。しかしながら、短い言葉で事象を炙り出すという事において、彼の才能は見事に発揮されています。

ノーベル文学賞作家としてのヘミングウェイ

ヘミングウェイは赤十字の一員として第一次世界大戦に、人民戦線政府側としてスペイン内戦に、従軍記者として第二次世界大戦に参加しています。重傷を負ったり大病を患ったりもしましたが生還し、戦場で感じ取ったものを自分の言葉で可視化していき、数々の名作と名言が生み出されました。 実体験から紡ぎ出される圧倒的なリアリティーと人間愛に満ちた作品世界や名言は、世界中の人々に受け入れられ、1954年には老いた漁師と大自然との死闘を描いた「老人と海」でノーベル文学賞を受賞します。しかしこの年、2度の飛行機事故で重傷を負ってしまったヘミングウェイは、残念な事に授賞式には出席できませんでした。

家庭人としてのヘミングウェイ

ヘミングウェイはその生涯で、4度結婚しています。無名時代を支えてくれたハドリー・リチャードソン、「ヴォーグ」誌のファッション担当記者だったポーリーン・ファイファー、ジャーナリストのマーサ・ゲルホーン、元ジャーナリストのメアリ・ウェルシュが彼のパートナーであり、ヘミングウェイの創作生活を彩りました。 最後の妻となったメアリは、飛行機事故の後遺症に苦しみ続けた晩年のヘミングウェイを、辛抱強く支えた女性です。かつてメアリは死線をさまよった経験があり、経験の浅い医療従事者が匙を投げた状況であったにも関わらず、ヘミングウェイが戦場での経験を活かして輸血処置を施しメアリの命を救いました。二人の強い絆が垣間見えるエピソードです。

愛猫家としてのヘミングウェイ

ヘミングウェイは大の猫好きとしても広く知られており、今でもキーウェストの博物館には、ヘミングウェイの飼い猫だった「スノーボール」の子孫がたくさん暮らしています。 1930年代、ヘミングウェイがこの地で執筆活動を行っていた時、友人から一匹の猫を貰いました。猫の名はスノーボール、前足の指が各6本ずつある多指症の猫でした。ヘミングウェイはスノーボールを大変可愛がり、幸運の象徴としていつも側に置いていたとの事です。スノーボールの直系の子孫である猫達もかなりの割合で多指症の遺伝子を持っており、現在も世界中から訪れるヘミングウェイのファン達のを集めています。

ヘミングウェイの代表作品

ヘミングウェイが著した数々の作品の中でも、特に押さえておきたい物を挙げていきます。時代の空気や、時の流れの中で懸命に生きようとする人間の姿が鮮明に描かれた各作品は、いずれも味わい深い名作であり、発表から長い時を経た現在でも決して色褪せてはいません。作品内に登場する幾つもの名言にも、ヘミングウェイ独自の人生観が散りばめられています。

日はまた昇る

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初回公開日:2018年03月27日

記載されている内容は2018年03月27日時点のものです。現在の情報と異なる可能性がありますので、ご了承ください。
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